花言葉の善悪のイメージ

可憐な花、美しい花、可愛い花…、花には、こういうポジティブなイメージが付き物です。その良い例が、ポピュラー音楽や歌謡曲で見られます。事実、花をテーマにした曲が非常に多いのですが、花を表現した音楽がヒットする確率が高い、こういうジンクスが囁かれるからでしょうか。

確かに、「音楽に陶酔する時、音楽に霊感を授かる時、その源に天上に咲き乱れる花がある。」或いは、「優れた楽曲に恍惚とした後は、何等かの花の残り香がある。」こう信奉する音楽家は、決して珍しくはありません。そうです、花と音楽には、或いは香りと音楽かも知れませんが、両者には密接な関係があるのです。

例えば、「世界に一つだけの花」や「さくら(独唱)」等が流行した2000年代にはそれが顕著でした。特に、桜を題材にした曲は必ずヒットする等、社会現象にまで発展した感があったものです。それだけ花とは、誰もが美的感覚を共有出来る、普遍的な娯楽対象と定義しても差し支えないでしょう。余程、花粉症等の事情のある場合を除けば、花を嫌悪する人は先ずこの世に存在しない筈です。

ところがその一方で、花言葉にはポジティブなもの以外に、ネガティブなものも存在します。ざっと例を挙げても、「恨み」、「嘘」、「嫌悪」、「愚劣」、「自惚れ」、「偽りの愛」、「悲恋」等です。想像以上の種類のネガティブな花言葉には、全く驚くより他ありません。これ等の列挙からも分かる通り、花言葉とは必ずしもポジティブな内容だけではないのです。

とは言え、花言葉を普及させたいと願う人達は、本質的にこの種のネガティブな情報に対しては、決して好感を抱いてはいませんし、これは至極当然の心理です。大体、花を販売する人達が、「この花には、『偽りの愛』という花言葉があります。」等、たとえ冗談でも言える訳がありません。それ故、何の罪もないのに不幸にも、負のイメージの花言葉を押し付けられた花は、殆ど普及していない実情があるのです。

ところが世の中には、この類の花言葉を持つ花を、探し求める人が存在する可能性があります。例えば、嫌いな人物に花束を贈す必要に迫られるシチュエーションは、社会人には想像以上に直面するものです。こういう時に、ネガティブな意味を込めた花を選択するという行為は、決してお勧め出来る性質のものではありませんが、全く有り得ない話ではなさそうですから、確かに実際には需要はあるのでしょう。

でも皆さん、余程冗談が通用する間柄でもなければ、こういう悪い想念を物に籠める(こめる)のは絶対に止めましょう。何故ならば、悪い想念を相手に向けると、将来必ず自分に返って来るという、ある種の法則があると思われるからです。どうしても許せない行為を受けた相手には、決して復讐をしてはなりません。そういう悪い行為をした相手に対しては、年長者に相談するなど、もっと他に取るべき対策を考えましょう。
 
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